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東京新聞 2006.08.11
腹腔鏡手術体験記(上)
プロ野球・福岡ソフトバンクの王貞治監督が受けた腹腔(ふくくう)鏡手術が脚光を浴びている。実は記者も昨年十二月、左の卵巣と卵管を摘出するため東京都内の医療施設で同手術を受けた。患者負担を軽くしてくれる最新医療に感謝する一方で、安心して手術を受けるまでの道のりは“お手軽”ではなかった。実体験も交え、同手術の今を二回にわたりリポートする。 (井上圭子)
おなかの中を探るようにカメラ(腹腔鏡)は動き、中の様子をモニターに映し出す。細長い筒の先から極小のハサミがニュッと出てチョキチョキ。同時に切り口をジュッと焼いて止血。腸や血管を傷つけないよう、刃は用が済むとまた筒の中にシュッと引っ込む。
過去二回の帝王切開手術の影響か、腹腔内の癒着は予想以上だった。腹壁と腸はびっちりくっつき血管が網の目のように張っている。腸の奥にある卵巣にたどりつくため、癒着部分を少しずつ切り離す作業から手術は始まった。
白くパンパンに腫れた卵巣が現れた。子宮から伸びる卵巣の付け根を鉗子(かんし)がつかみ、もう一本の鉗子で切断。切り取った卵巣は、腫瘍(しゅよう)が悪性でも腹腔内にがん細胞が飛び散らないよう袋に入れてから、針で中身を吸い出しぺちゃんこにして袋ごと取り出す。腹腔内を洗浄・点検し、三つの穴をホチキスのようなもので閉じて終了した。
以上は、退院後に見せてもらった自分の手術のビデオ−。
正常な卵巣はアーモンド粒大だそうだが、切除した卵巣は大人の握り拳ほどもあった。
病理検査で確定した病名は「粘液性嚢胞(のうほう)腺種」。女性の5−7%が発症するといわれる卵巣嚢腫(のうしゅ)(良性腫瘍)の一種だった。悪性だと腹腔鏡手術は難度が増すため、大半は開腹手術になる。良性でも主流は開腹だ。
昨年十月初旬、婦人科検診で左卵巣の腫れを指摘され、十二月十五日、東京都千代田区の「四谷メディカルキューブ」で左卵巣と卵管の摘出手術を受けた。
主治医の子安保喜・ウィメンズセンター長は過去に三千件の同手術経験を持つ熟練者だが、その難しさを「玄関の郵便受けから二本の棒を入れて家の壁紙を張り替えるようなもの」と例える。二次元画像を見てやるので立体感がなく、二本の鉗子は円すい状かピストン状にしか動かせない、という限界があるからだ。
「一部分の拡大画像しか映らないため、その隣に腸や太い血管があっても気付かないことがある。万が一、臓器や血管を損傷し大量出血した場合は開腹手術に移行する」などと事前に説明を受けた。
手術は四十分で終了、成功した。翌日には歩いて回復室から病室へ移動、トイレにも行き、夕食の五分がゆも平らげた。手術四日目に退院、二週間後には通常生活に戻った。八カ月後の今、傷はほとんど目立たなくなった。
ただ、手術直後の夜はつらかった。全身麻酔から覚めると、人工呼吸器のチューブで傷ついたのどは、息をするたび火を噴くような痛み。体液分泌を抑える薬が麻酔に入っているそうで、のどはカラカラに渇き、舌が口の中にくっつく。体温調節機能も狂い、汗だくになったりブルブル震えたり。手術前日、看護師長に言われた「リラックスし過ぎていると術後が怖いですよ」という言葉が骨身にしみた。
チョキンと切ってスタコラサッサと帰れそうな“コンビニ手術”とのイメージを抱くのは大きな誤解だ。(次回は18日に掲載)
東京新聞 2006.08.18
腹腔鏡手術体験記(下)
主治医求めて右往左往
体に負担の少ない腹腔(ふくくう)鏡手術を受けたい−。そんな思いを抱いた患者がぶつかる壁はいくつもある。手術を行える病院が少なく、見つけても予約は満杯の“売り手市場”状態。医師の技量の問題もある。同手術が普及し、信頼できる医師に出会うには、どうすればよいのだろうか。 (井上圭子)
「世界の王」監督の場合は「胃がん」との診断後、ただちに専門医の“ドリームチーム”が組まれ手術が行われた。ただ、これは特例だ。
胃がんと同列に語ることはできないが、記者は昨年十月、婦人科検診で卵巣に腫瘍(しゅよう)が見つかり手術を勧められた。「一部に充実部があり悪性の可能性も捨てきれない」という。同手術で有名な大学病院を紹介された。
だが訪ねてみて「開腹なら一カ月半後、腹腔鏡の予約は一年後までいっぱい」との言葉にあぜん。さらに「もし一年待てば、長径が十センチを超すかもしれない。腫瘍の重みで卵巣と卵管がねじれ、卵巣が壊死(えし)して激痛に苦しむことも」に絶句した。
不安な日々に疲れ「開腹しかないか」とあきらめかけたころ、助けられたのは知人からの口コミ。同年五月に開設された東京都千代田区の四谷メディカルキューブを紹介され、三週間後に同手術を受けることができた。手術費は健康保険の適用を受け十七万六千円。開腹手術に比べ手術そのものの費用は割高だが、入院日数が少なくてすむため、ほぼ同額に抑えられる。今では同施設も予約は四カ月待ちだという。
同手術は一九九〇年に胆のう摘出から始まり、今では消化器全般で導入されている。日本内視鏡外科学会の調べでは、九〇−二〇〇三年の内視鏡手術件数は約四十八万七千件になる。だが、同手術を安全に行える医師がニーズに比べ不足、特定の病院に患者が殺到する事態になっている。
産婦人科の場合、日本産科婦人科学会員約一万七千人に対し、日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医は百七十一人で、全体の約1%。認定医でなくても手術は行えるが、未熟な医師による死亡事故もあった。
日本内視鏡外科学会の技術認定制度委委員長を務める木村泰三氏(静岡県・富士宮市立病院院長)は「腹腔鏡手術は負担が軽い」というイメージが広まることを危惧(きぐ)する。
「術後の外見は違うが、腹腔内でやる内容は開腹手術と同じ。胃がんのように難しい手術になればなるほど合併症の危険性は幾何級数的に増す。もちろん熟練した人がやればデメリットは限りなくゼロに近づくが、王さんを手術した医師のレベルに達するには膨大な教育時間が必要だ」
同学会教育委員も務める四谷メディカルキューブ「きずの小さな手術センター」の金平永二センター長も、腹腔鏡手術特有の危険性として「画面を見続けると仮想世界でゲームをしているような錯覚に陥りやすい」と熟練する難しさを指摘する。
日本産科婦人科内視鏡学会の評議員も務め、記者の手術を担当した子安保喜医師によると、事故が起きた、採算が取れないなどの理由で同手術から撤退する施設も少なくないという。
子安医師は「腹腔鏡手術は今後、間違いなく広がるだろうが、課題は山積み。施設間の格差も広がるだろう。これからは“良薬口に甘し”であるべきだ」と語る。
■信頼できる医師の見つけ方 子安保喜医師の話
インターネットで技術認定医を調べ、訪ねてみる。セカンドオピニオンなどは大切。過去の手術内容、経験した症例数がポイントになるが、以下の点にも注意を
(1)大病院は病院全体の手術数を公表している場合が多いので、個別の医師の手術件数を把握する
(2)技術認定医にも不得意分野はある。得意な臓器、手術内容、術式を確認する
(3)手術件数だけでなく、合併症や開腹移行例も確認する
(4)腹腔鏡手術へのこだわりが強すぎて「何が何でも腹腔鏡で」と考える医師は非常に危険
(5)医師との相性 |
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