闘病日記(外科手術)
 外科手術
年月日 内          容 備      考
 2003年
  5月26日(月)
入院日
嫌なことほど早く来る。いよいよ今日入院。東京から次女が激励のため駆けつけてくれた。自宅から
「静岡県立静岡ガンセンター」まで車で30分。
手術後のブザマな姿を考えたり、夜のいびきで同室者に迷惑をかけることを考えて個室をお願いした。
9時30分入院受付で入院のための手続きをする。
10:00ちょっと過ぎに5階入院病棟へ案内される。建築間もないので設備もよく、きれい。病院というよりはまるでホテルのようだ。個室はゆったりしており、収納のスペースもたっぷりある。シャワー、トイレも各部屋に完備だ。備え付けのテレビ(カード式)は寝ていても、おきていても使いやすいように自在アームがついて位置や向きが変えられる。テレビ画面は液晶でテレビ放送だけでなく、病院独自のネットワークの端末にもなっていて画面をタッチすると食事のメニューや病院内の案内、自分の血液検査の結果(暗証番号が必要)も見ることができる。またベッドの脇にLANケーブル端子がきているので、ノートPCとLANケーブル(10/100BASE-Tカテゴリー5)があればインターネットやメールも可能。ちなみにこの病院は一人用の個室と二人部屋しかない。通常の大部屋が二人部屋なのである。個室は差額ベッド代(但し健康保険がきかないので注意)は県立のため安く、1日当たり10,500円。同程度で一般の私立の大学病院なら30,000円以上であろう。
1日目は特にやることはなく、入院中の一般的な注意などがあった。

【執刀のK医師から手術の説明
手術部位や、手術方法、手術後の注意等々の説明があった。ガンを取り去った跡の周辺のガン細胞の有無も顕微鏡で確認するとのこと。まな板の上の鯉、十分実績のある評判の高い医師なので、当日は万全のコンディションで手術に臨んでもらうことを願うのみ。

プレート


静岡県立静岡ガンセンター
5月27日(火) 【麻酔科の先生から麻酔についての説明
手術に当たっては背中の骨と骨のすきまに針を刺し、その針から細いカテーテルを入れて薬を注入して手術の部位だけを麻痺させる
硬膜外麻酔を、全身麻酔とあわせて行う。非常に稀ではあるが、麻酔薬による中毒や、脊髄まで達して硬膜穿刺という現象を起こすこともあるが、そういうことのないように注意するとの説明があった。「お願いしますよ」と思いながら聞く。
リハビリテーション科】
肺活量の測定をする。
手術後は肺の働きが一時にぶるので呼吸がしにくかったり、痛みで痰が出しにくいとのこと。そのための腹式呼吸の仕方や痰の出し方の練習をする。

5月28日(水) いよいよ手術
朝9時ちょっと過ぎ、看護士さんの「ではそろそろ行きましょうか」という声に背中を押されて、家内と娘ともども徒歩で手術室へ。手術室の入口で手術担当の看護士さんに引き継がれる。そこからは一人で手術室へ入り看護士さんに言われるままに自分で手術台の上に上がる。すぐ麻酔を打たれ、何分もたたないうちに意識がなくなる。
麻酔がさめて気がついたのはICUのベッドの上、夜の8時頃、家内と娘、隣家のSさんが覗き込んでいる。見舞いに駆けつけてくれたようだ。「具合はどぉ?」という家内の声に「無事に手術が終わったんだ」と感じる。どこも痛くないし、苦しくもない。普通に朝目覚めたような感覚だ。ただ、鼻からは酸素、右脇腹からはドレインの太いビニールパイプが2本、背中からは麻酔の管、腕には点滴、○○○○からは尿管と体中からいろいろな管が出ていて動きが取れないのには参った。特に熱もなかった。
あとで聞くと、手術時間4時間25分
。手術後、家族に対しては先生から除去した肺を見せながら、手術が順調に終了した旨の説明があったようだ。右肺上葉3分の1を切除。その内のガン組織はは3.5×2.1cmだった。同時に縦隔リンパ節部清掃。周辺部からガン細胞は見つからなかった。
手術中の出血は152ccと少量で輸血は必要なかったようだ。
5月29日(木) ICUでの2日目。手術は右の乳首の下辺りから腋の下を通って右の背中にかけて40センチくらいの傷が残った。「ああ、これで新しい嫁さんはもらえない」と家内に言って笑われる。痛み止めが効いているせいか痛みは感じない。全く記憶はないのだが、手術時は左を下にした状態で右腕を上に固定してしていたようだ。右肩から右腕にかけて筋肉痛のような感じがあるのはどうもそのせいのようだ。
こんなに大きな手術をしたのに寝てばかりいることは許されない。2日目から身体中にパイプを付けたまま周辺を歩かされた。昼食から普通食が出た。さすがに食欲がない。今の手術後のリハビリはとにかくペースが早い。患者に楽はさせてくれない。人間の身体は大事にし過ぎると機能が落ちて回復が遅れるようだ。
相変わらず体中パイプだらけで、身動きが取れない。体を動かしたいときは看護士さんを呼ぶように言われているが、左側のテーブルの上の物を取ろうとして体を起こしながら身体をへ左に動かしたところを看護士さんに見つかって大目玉を食う。パイプが抜けなかったかどうかをチェックされる。幸いどこも異常はなかったが、パイプが抜けると入れ直すのが大変らしい。
5月30日(金) ICUから一般病室へ
今日、ICUから一般病室へ移る。ドレインのタンクと酸素吸入のボンベををひとつにまとめたキャスターを押しながら、エレベーターを使って5階の病室へ徒歩で移動する。私物入れのワゴンは看護士さんが運んでくれる。
手術2日目から咳が結構出る(手術前は出なかった)。咳をするとき胸に響いて猛烈に苦しい。咳がひどい時は枕を胸に当てて耐える。幸い痰はそれほど多くない。痰を出すときはやはり苦しい。胸に響いて咳払いができないのだ。事前に訓練をした理由が分かった。喉まで出掛かっていて、あとひとつの咳払いで痰が出そうなときは勇気を奮って咳払いをして痰が口まで出たときはすっきりする。
血液検査で肝臓の数値が上昇、痛み止めの副作用ということで、痛み止めの薬を変える。
6月4日(火) ドレインを抜く
肺から落ちる排水が日に日に少なくなり、今日ドレインの管を抜いた。
急に行動が身軽になった。
同時にあちこち歩きたくなる。5階の談話室にはテレビや給茶機、共通の大型冷蔵庫(病室にもあるが有料)等がある。その一角にパソコンを設定した部屋がある。たった1台だが、空いていれば誰でも使える。今日からインターネットでガン関連の情報を見よう。
6月6日(火) 抜糸
病棟の処置室で抜糸をする。うつ伏せなので何をやっているのか、本人には分からない。
最近も咳が出るのだが、手術後のように苦しくはなくなった。先生から「痰は?」と聞かれるのだが痰はあまり出ない。結構咳が出るのだが、手術の傷の加減で気管が刺激を受けて出ることがあるという。自分の場合はそのためか?
6月7日(土) 千葉の兄と東京の姉が揃って見舞いに来てくれた。兄姉は自分より年上なのに皆丈夫だ。一番下の自分が一番先に大きな病気にかかるのは残念だが仕方がない。これも運命だ
この施設は昨年完成したばかりで新しくて綺麗なのだが、山の上で不便、お見舞いの人には申し訳ないと思う。交通は東海道三島駅からバスか、沼津駅から御殿場線に乗り換えて納米利(なめり)駅からバス。
6月8日(日) 今日は日曜日、勤務先の部下のKさん夫妻、近隣のSさんや、家内の親戚の人たち等々4組もの人達が見舞いに来てくれた。できるだけ内密にしているのだが、どこで聞いたか今日あたりが調子が良さそうなことを確認して来てくれたらしい。
6月11日(水) 傷口に化膿が見られる。何もなければ、大体2週間で退院の予定だったが、傷口の化膿の処置をするため、退院を延ばすとのこと。手術した肺の周辺の回復は順調、化膿は大きな障害ではなく時間とともに確実に直ることなので安心していられる。化膿治療のため、抗生剤の点滴をする。
6月15日(日) 勤務先の上司が見舞いに来てくれる。ゆっくり養生するように言ってくれたが、迷惑をかけていて申し訳ない気持ちで一杯。周囲に迷惑をかけていることを考えると気持ちがあせるが、どうすることもできない。7月の入ってから勤務に出られるようにしたい旨を伝える。
6月18日(水) 傷口の化膿も完治した。夕方の回診後に先生が病室に見え、血液検査の結果もX腺、CTの結果も問題ないので、退院日を今週の末としようということになった。
敷地内にはこのような散歩道がある。(2月撮影)
6月21日(土) 退院日
待ちに待った退院日。我が家に帰るのはうれしいが、反面病み上がりの身体なので、何かあったらどうしようという不安もある。先生はじめ看護士の皆さんに挨拶をして回る。9:00退院
病院の中を歩き回るのは平気だったが、病院の建物から出て1階分の階段を上るのに息切れを感じる。階段を上がり切ったところでひと休み、こんなことは以前にはなかった。普通の生活ができるようになるのだろうかという不安が頭をよぎる。まあ、急ぐことはないのであせらず徐々に馴らしていこう。娘の運転で家路に着く。見慣れた風景も懐かしく感じる。
 退院後の生活及び定期検診
 2003年
  7月7日(月)
今日から出勤。上司やお世話になった人、見舞いに来てくれた人に挨拶に回る。今日は仕事にはならない。会社にいるだけで疲労感を感じた。

7月17日(木) 退院後、初めての定期検診。退院後は1ヶ月に1度定期検診をし、問題がなければ間隔を広げるとのこと。14:30に予約。午前中勤務し、午後半休をもらう。
定期検診は血液検査及びX線撮影後、先生の診察がある。すべて「異常なし」であった。
この病院は電子カルテなので、X線、CT,PET,MRIの映像も血液検査のデータもすべてコンピュータに入り、医師が診察の際に端末から見ることができるのですべてが早い。一般の病院では検査と診察は別の日になるのが普通だが、この病院では検査から、診察、会計、薬剤受け取りまですべてが2時間くらいで終了するので助かる。
静岡県立ガンセンターのHPはこちら
8月19日(火) 手術後2回目の定期検診。15:00に予約(午前中勤務、午後半休)。前回と同じ内容の検診。「異常なし」であった。それほど激しくはないが、相変わらず時々咳が出る(退院後ずっと)ので、咳止めをもらう。

エントランス


駐車場(約300台収容。30分まで無料、以下4時間ごとに100円)
9月18日(火)

手術後3回目の定期検診。15:00に予約(午前中勤務、午後半休)。前回と同じ内容の検診。「異常なし」であった。少し軽くなったが相変わらず時々咳が出るので、咳止めをもらう。じ次回はCTでの確認をするとのこと。

10月1日(水) 健保組合主催の「ウォーキング・キャンペーン」に参加することにする。10月と11月の2ヶ月、1日に8,000歩以上を歩く。ダイエットと健康管理を兼ねて挑戦することにする。会社のある駅から地下鉄の駅2つ分を歩く。これを朝と帰りに行うと1日に1万歩以上になる。
10月14日(火) 手術後4回目の定期検診。8:30CT、9:00診察(午前中半休、午後出勤)。結果は「異常なし」であった。次回は間隔を延ばして3ヵ月後に検診となった。

 2004年
  1月8日(木)
定年後、2年間延長の勤務も今日で終了、38年間勤めた会社とのお別れは感慨深い。昨年暮からの何回もの送別会に送られて、今日から単身赴任を終えて静岡県に居を移した。
1月13日(火) 手術後5回目の定期検診。「毎日が休日」なので、今回の検診からは勤務を休むことはない。8:30受付、9:00診察。今日は血液検査はない。
結果は「異常なし」であった。咳は先月ぐらいから殆ど目立たなくなっている。
5月6日(木) 手術後6回目の定期検診。10:30CT、9:00血液検査。
今回のCTで右肺に小さくて薄い陰影が複数あるのを発見。まだ小さいのでガンとは決められないので、1ヶ月置いて来月もCTで再確認する。血液検査での腫瘍マーカーは正常数値。先生の見解としては「複数の陰影が右の半分より下に集中して存在している。転移なら左右全体に万遍なく散らばるケースが多いので、まだなんとも言えない。腫瘍マーカーの数値は正常だからガンではないとはいえない」とのこと。何かの間違いであってほしいと願う。
5月16日(日) 次女が横浜で結婚式。この病気になったせいか、涙もろくなったようだ。娘二人のうち次女が先にゴールインしたが、親の責任が半分果たせた気持ち。自分の命あるうちに二人ともゴールインすることを願う。

6月1日(火) CTと血液検査。前月と同じ陰影がある。やや濃くなっている。現段階ではガン再発の可能性が高い。MRI検査とPET検査と行って最終判断することにする。
7月15日MRI検査、8月12日PET検査の予約をする。
一旦は治まっていた咳も最近多くなっている。

7月15日(木) MRI検査。脳への転移の有無を確認。結果は「異常なし」だった。

8月12日(木) ガン再発
10:00PET検査。11:30診察。PETでの画像診断の結果、ガンの再発と確定。但し、他への転移は認められない。治療法はガンが複数あるので外科治療、放射線治療はできない。化学療法しかないので、8月17日に呼吸器内科のY医師と相談するように言われる。
昨年5月28日に手術して、1年弱で再発。比較的順調な回復だと思っていたので、正直言ってショックは大きい。
手術後の肺の状況について このHPを見て、これから手術をする方から「手術後、肺の状態はどうなるのか?」という質問をいただいた。自分も右肺の上葉部1/3を切除したので、手術前はそれが実生活上どんな影響が出るのか不安だった。自分のケースについて下記に簡単に触れたい。

通常生活の呼吸については、手術後当初は常時ビニールパイプで鼻から酸素を吸入するが、そのパイプが取れる頃には呼吸の状態は肺の一部を切除したということを全く感じなくなっている。従って退院後も日常生活では肺の一部が減少した自覚は全く感じることはないでしょう。
自分は高齢でもともとあまりスポーツをしないので、スポーツをした場合の例については分からないが、例えば駅で電車が入るのが見えたので走る・・・といった場面での経験では通常でも呼吸が速くなるが、息を吸い込むときの量が少なく呼吸が浅く、より速くなり、息苦しさを感じます。運動をする場面では注意が必要でしょう。通常のウォーキング、ゴルフといった程度の運動にはほとんど影響はありません。