|
人間ドックで肺ガンの疑い
2001年から2年間は仕事の忙しさに紛れて、ドック受診をさぼってしまった。2003年は会社には休暇をもらい3月19日(水)に3年ぶりにS会中央病院にて人間ドックを受けた。
当日、担当のR先生から例年通りいくつかの指摘を受ける。
問題は例年通りの「右肺に陰影」である。ここ2年ドックに来ていなかったので、前年との比較ができない。念のため、CTで再検査をして下さいと言われる。
皮肉なことにここ2年ドックを抜いたことがガン発見に繋がったのである。もしまじめに毎年受けたていたら、「前年と同じ」で片付けられていた可能性がある。
2003年4月14日(月)11:00 CT検査
2003年4月17日(水)担当のR先生の診察。R先生がガンの専門医にCT画像を見せたところ、肺癌の疑いがあるのでさらに詳しい検査が必要、ガン専門医のH医師に会い、さらに確認のため、気管支鏡で細胞を取る検査を受けて下さいと言われる。
肺癌の疑いがあるという言葉に寒気が背筋を走る。
「8年間もこの陰影は結核の治癒後の石灰化だと言われていることだから、ガンのはずはない。何かの間違いだろう」という思いが頭の中で繰り返される。仕事も手につかない。
その時点では、やがて「いつもの診断通りでした」ということになるだろうから・・・と信じ込んで、静岡の家内(当時単身赴任で別居)にも電話はしない。
ガン告知
2003年4月28日(月)10:00呼吸器科のH医師の診察
開口一番、H医師から「これは肺癌です」と言われる。「・・・」頭の中が真っ白になって言葉が出ない。頬は引きつり、顔色は真っ青であった(であろう)。しばらくして、今までの経過を言って「8年間も動かないガンなんてあるんですか?」と聞く。1,2年では分からないが、8年前のCT画像と比較するとやや大きくなっていることと、専門の医師が見れば形で分かるのだという。
女性(医師か看護士か分からない)が立ち会っている。この女性は自分が面談後廊下のベンチで頭を抱えているときに優しく話しかけてきた。後で分かったのだが、がん告知の患者のショックを和らげることをフォローする役目のようだ。この女性もH医師も築地の国立ガンセンターから来た方々だということが後に分かった。どんな大病院でもガンは専門の医師でないと分からないということが分かった。
「今まで何年もの間、何人ものベテラン医師がガンとは言わなかった陰影をこの若い医師はCT画像を見ただけでガンだと言い切っている」。
今まで何年も診てくれた「何人かのベテラン医師」の言うことを信じるか、「一人の若いH医師」のいうことを信じるか?
この時点ではまだH医師の誤診だろう、またそうあってほしいという思いが強かった。
そんな思いとは裏腹に、H医師はドライに次々とスケジュールを決めていく。
2003年4月28日(月)13:00 気管支鏡による細胞診
2003年5月 6日(月)8:30 MRIによるの検査(脳への転移の有無)
2003年5月10日(土)10:00 西台クリニックでのPET検査(脳以外の全身への転移の有無)予約(装置がこの医院にはないので)
ガン告知をされたその日は病院から家にどのように帰ったか記憶がない。いろいろな思いが頭の中を駆け巡る。そのときはガンに対する知識なんて全くない。ガンといえばイコール死である。今まで健康に恵まれてきたので、意識したことのない死が頭をよぎる。
途中家内へ電話へ入れる。感情を入れず、事実のみを伝える。家内、電話の向こうでショックのため言葉が出ない。がん患者が家内を慰める形となり、思わず自分で笑ってしまう。
2003年5月12日(月)10:00 検査の結果説明がある。
気管支鏡で取った細胞の検査の結果及びPET、 MRIによる他の部位への転移があるかどうかの説明がある。今日は家内も一緒に説明を聞く。病院に向かう二人に会話はない。
結果は肺腺ガン(直径2センチ程度でステージは第T期のB)。脳、全身に転移は見られない。
処置としては外科手術を勧める。化学療法、放射線療法の必要はない。外科手術でガン組織の排除が可能なので5年生存率は75%くらいと思われる。 |
想像していたよりも病状が軽かったことに二人とも安堵する。帰りに寄った築地での食事もかろうじて喉を通る。
医師の薦め通り手術を受けることに、ようやく覚悟が決まる。
このとき61歳、今の会社での勤務はあと1年なので、後々のフォローのために住まいの近くにできたばかりの静岡県立静岡ガンセンターで手術を受けることが可能かどうかを尋ねる。
H医師は築地の国立ガンセンターの出身で、そこにいたときの先輩が現在静岡県立静岡ガンセンターの呼吸器外科の部長なので紹介することを快諾し、紹介状を書いてくれた。若いH医師が急に頼もしく見えてくるから不思議だ。
2003年5月20日(火) 静岡県立静岡ガンセンター初診
2003年5月22日(木) 手術のための検査
2003年5月26日(月) 入院
2003年5月28日(水) 手術
外科手術後の詳細は闘病記(外科手術)を参照。
手術後1年で再発
2003年5月の手術は順調に終わり、5年生存率は75%だと言われ、これで大きな峠は越え取り敢えず死の淵からは生還できたという思いでいた。
手術後の経過もよく、右の腋の下から、背中にかけて大きな傷跡はあるが、痛み等も全くなく、順調な回復だったといえよう。さすがに激しい運動をすると手術前よりは息切れは激しいが、高齢者にはそんなことをする必要もない。日常生活には何の支障もなかった。
翌年2004年1月62歳で長年勤務した会社ともお別れをした。盛大な送別会で送られて静岡の我が家へ居を移した。ガン治療を第一に、できれば楽な仕事でもあればしてみたいという希望もあった。
手術後の定期健診は最初は1ヶ月に1度、やがて3ヶ月に1度に変わった。
ところが、ところがである。ガンはそんなに甘くはなかったのである。手術から1年後、久しぶりに撮影したCTで手術した側の右肺に突然「招からざる客」のように、粟粒状に複数の小さくて薄い影が現われたのである。
ガンの再発である。
厳密には原発ガンは取り去ったので、再発とは言わず新発か転移なのだろう。先生も原因は言わない。手術前のPETでも見られなかったし、手術後のCT撮影でもこの前まではきれいだったのである。
素人考えで想像するには、「原発ガンから散って潜んでいたガン細胞が、外科手術で原発ガンを取り去ることにより、コントロールを失って一斉に萌芽した」のであろう。
今の時点では「ステージT期のB」は過去の幻となってしまった。
イレッサ治療
理由はどうであれ、処置をしなければならない。ガンが粟粒状に複数あるので、外科手術も放射線治療も使えない。
使える処置法は化学療法のみだが、一般的には抗がん剤は肺ガンには効きにくいというのが定説。先生の意見では「イレッサ」の服用が最も効果が高い可能性があるとのことである。
「イレッサ」は2002年に認可されたばかりの新しい薬なのでデータも少なく、重篤な副作用で死ぬ患者も出るなど問題もあるが(他のどの抗がん剤も副作用で0.6〜1%位は死んでいるとのこと)、次の4つの条件を満たしている場合には効果があるという。
「日本人」「肺腺ガン」「タバコを吸わない」「ガン細胞に遺伝子変異がある」自分はこの4つをすべて満たしているので、試してみる価値があるという。良いも悪いもない、これしか選択肢はないのである。副作用の間質性肺炎で死ぬことも覚悟でこの治療に挑戦することを即断した。
2004年8月18日(水)〜9月8日(水) イレッサ治療のため入院。
入院中やることといえば錠剤を朝1錠のむことのみ、定期的にX線を撮って間質性肺炎等の副作用が出ないかどうかのチェックをするだけ。退屈この上ない。 皮膚疾患、下痢、足爪の縁の腫れ等軽い副作用は現れたが、大過なく過ぎて無事退院。
イレッサをのみ始めて15日目に撮影したCTではガンの陰影が薄くなっており、明らかな効果があることが分かったので、退院後も自宅で継続して服用することに決定。
2004年9月24日(金)
退院後も順調に服用を続けたが、入院中も含めて服用32日目の血液検査でGOT,GPT(肝臓機能)の数値が許容限度の倍くらいの数値となる。担当のY医師から「これもイレッサの副作用なので、中断すれば下がる。この数値が下がるまで一時止めましょう」と言われる。
200年10月8日(金)
この日の血液検査でGOT,GPTが正常に戻る。9日(土)より再開、ただし1日おきに服用してみる。
現在は2週間に一度の通院をしながら自宅でイレッサ治療(1日おきに服用)に専念、現在に至っている。
イレッサ治療の記録については闘病記(イレッサ服用)にまとめている(現在治療進行中)ので興味のある方はご覧戴きたい。
また治療中いろいろ学んだイレッサに関する内容はイレッサトッピックスにまとめた。
人間ドックもガンを見落とす
人間ドックが疾病の早期発見、早期治療に役立つかというと「がん」に関する限りでは私の答えは「NO」である。現在の人間ドックには大きな問題が2つある。
その第1は今の人間ドックの設備とやり方ではがんの発見率は予想以上に低いということである。「胃がん」「大腸がん」「食道がん」「前立腺がん」「乳がん」「子宮頸がん」等は比較的見つかりやすいが、「すい臓がん」「肺がん」「卵巣がん」「胆のうがん」「腎臓がん」等々は運が良かったら見つかると考えたほうが良い。通常の人間ドックでは基本検査で異常を見つけて精密検査にまわすのが普通の方法だが、基本検査で見落とされたらそれまでである。ヘリカルCT、MRI、PET等々新しい設備を使えば発見率は上るだろうが、ただでさえ健康保険がきかなくて高い料金が何倍にもなってしまって現実的ではなくなる。
第2は医師の資質の問題がある。数字のデータで出るものはともかく、X線でもCTでも画像上に病気の兆候が現れる場合、見落としたら何にもならない。我々素人が医師からCT画像を見せられて説明を受けるときにも、フィルム上の映像がよく分からないことが結構ある。画像上に異常を発見するには経験が必要だということは容易に想像できる。人間ドックでは一人の先生がすべての部位の判断をする。例えば内科でいくら優秀な先生であっても、専門外の他の科のことはよく分からないはずである。
私の場合のように世間に名の通った大病院で人間ドックを受けていても、X線に写っていた肺ガンを医師の誤診で8年間も見逃されてしまうこともあるのである。それも何回も、何人もの医師が・・・である。
一方ではその影が現れてから8年後に肺ガンと診断されたのも同じ病院で人間ドックを受けていたおかげでもある。人間ドックを受けていなければ発見がさらに遅れて手遅れになったと考えると、感謝もしなければならないという複雑な心境なのである。
では人間ドックは無駄かというとそうとはいえない。考え方を変えて「疾病の早期発見、早期治療」ではなく、人間ドックで測定した健康上のデータを参考にして生活習慣をコントロールするための手段の一部と考えることである。最も力を入れるべき大切なことは疾病を発見するより、予防に力を入れることしかないのである。病気になりたくなかったら、タバコを止め、運動をし、食品に気をつけることが最も大切なことであろう。自分が病気になってはじめて気がついたことである。
|
 |
|
|